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フラットフレームは沢山撮影しなくてはいけない

ライトフレーム・ダークフレーム共に十分多枚数・長時間撮影したにもかかわらず,出来上がった天体写真の背景のざらつきが多くて悩んだことはないでしょうか?もしかするとその原因はフラット補正にあるかもしれません.

この記事のポイント

  • マスターフラットのノイズは完成画像に大きく影響する
  • マスターフラットのノイズを減らすためにフラットフレームとダークフラットフレームは十分多数枚撮影しておくことが大切

マスターフラットのノイズの影響

フラット補正処理後のS/N

天体写真においてフラット補正処理のために必要なマスターフラット画像はフラットフレーム,マスターバイアス,マスターダークフラットから作られます.フラットフレーム,マスターバイアス,マスターダークフラットはそれぞれノイズを含んでいるので,それらから作られるマスターフラット画像もノイズを含んでいます.このマスターフラットに含まれるノイズが最終的に天体写真にどう影響するのか考えます.

以前に紹介した誤差の伝播の公式

コンポジットやビニングを行うとS/Nが向上します.このカラクリについて詳しく説明します part 1今回のポイント 誤差の伝播の式でコンポジット後のS/Nが見積もれる コンポジットを行うとS/Nが向上する ビニングを行うとリードアウトノイズが減少しS/Nが向上する1. 天体写真の画像処理天体写真の撮影でカメラのCCD/CMOSの各ピクセルにはノイズが載っており,その量は分散$\sigma^2$や標準偏差$\sigma$で表されます.天体写真は画像処理の過程でダーク減算,フラット補正,コンポジット等,様々な演算を行います.それぞれの処理は画...

(1)   \begin{align*} \sigma_U = \sqrt{\left( \frac{\partial F}{\partial A}\right)^2 \sigma_A ^2 + \left( \frac{\partial F}{\partial B}\right)^2 \sigma_B ^2 + \left( \frac{\partial F}{\partial C}\right)^2 \sigma_C ^2 + \cdots} \end{align*}

これを用いて,フラット補正処理においてマスターフラット画像のノイズが完成画像にどう影響するのか計算してみます.簡単のため,ここではライトフレームとフラットフレーム以外はノイズが全くないとします.(バイアスフレーム,ダークフレーム,ダークフラットフレームは十分多数枚あり,マスターバイアスとマスターダークとマスターダークフラットにはノイズがない状況を考えます)

このとき,バイアス減算,ダーク減算,フラット補正,コンポジット後の下処理後画像のS/Nは次のようになります:

(2)   \begin{align*} S/N = \frac{\overline{A_{Li}} - A_B - A_d}{\sqrt{\frac{1}{n_L}\overline{\sigma_{Li} ^2}+\frac{1}{n_F}\frac{\left(\overline{A_{Li}} - A_B - A_d\right) ^2}{A_F ^2 }\overline{\sigma_{Fi} ^2}}} \end{align*}

A_{Li}:第i枚目のライトフレームのカウント値
A_B:マスターバイアスの平均カウント値
A_d:マスターダークの平均カウント値
A_F:マスターフラットの平均カウント値
n_L:ライトフレームの枚数
n_F:フラットフレームの枚数
\sigma_{Li}:第i枚目のライトフレームのノイズの標準偏差
\sigma_{Fi}:第i枚目のフラットフレームのノイズの標準偏差
\overline{\quad}:上線は平均を取ることを意味する

(計算の詳細は本筋から外れるので省略します)

S/Nの式の見方

このS/Nの式の分子はライトフレームやフラットフレームの枚数が増えても基本的には変化しません.一方分母にはライトフレームの枚数n_Lやフラットフレームの枚数n_Fが含まれていますから,ライトフレームやフラットフレームの枚数が変化すると変わってきます.

式の振る舞いを分かりやすく理解するために,ライトフレームを十分沢山撮影した場合を考えましょう.つまりn_Lが十分大きい場合です.
この場合分母の平方根の中にある係数\frac{1}{n_L}は十分小さくなりますから,最初の項\frac{1}{n_L}\overline{\sigma_{Li} ^2}はとても小さくなるので無視して,零と置き換えます.そうするとS/Nの式は次のように変形出来ます.

(3)   \begin{align*} S/N &= \frac{\overline{A_{Li}} - A_B - A_d}{\sqrt{0+\frac{1}{n_F}\frac{\left(\overline{A_{Li}} - A_B - A_d\right) ^2}{A_F ^2 }\overline{\sigma_{Fi} ^2}}}\\ &=\sqrt{n_F} \frac{A_F}{\sqrt{\overline{\sigma_{Fi} ^2}}}\\ &=\sqrt{n_F} \left(S/N\right)_\text{1FlatFrame}\\ &=\left( S/N \right)_\text{MasterFlat} \end{align*}

\left(S/N\right)_\text{1FlatFrame}:フラットフレーム1枚のS/N

これから分かることは,フラットフレーム以外のライトフレームやダークフレーム等を無限枚撮影して十分滑らかであったとしても,フラット補正後の画像のS/NはマスターフラットのS/Nと同じになる,ということです.

結局どういうことなの?

今回の計算ではフラットフレーム以外は十分沢山撮影しており,フラットフレーム以外のノイズの影響はないものとして計算しましたが,実際にはフラットフレーム以外のノイズの影響も寄与するので,実際はもっとS/Nは悪く(小さく)なります.

結論としては,ライトフレーム,バイアスフレーム,ダークフレーム,ダークフラットフレームをどんなに沢山撮影して滑らかにしようとも,フラット補正処理後の完成画像のS/NはマスターフラットのS/Nを上回ることは出来ない,ということが言えます.


今回の話から,一晩中みっちり天体を撮影して十分な露出時間を稼いだとしても,フラットフレームの撮影で手を抜いて数枚しか撮影しなかった場合,フラット補正後の画像のS/Nが大幅に悪化してしまう,という事が分かります.

ライトフレームの撮影後の早朝に撮影されることが多いフラットフレームですが,手を抜かずに十分多数枚撮影しなければ,せっかくの滑らかなライトフレームを台無しにしかねないので注意が必要です.